胡霜漢月照刀環。百戰沙場久不還。萬馬夜嘶靑海戍。孤鴻秋度玉門關
木下 順庵(きのした じゅんあん、元和7年6月4日(1621年7月22日) – 元禄11年12月23日(1699年1月23日))は、江戸時代前期の儒学者。5代将軍徳川綱吉の侍講をつとめた。朱子学に基本を置くが、古学にも傾倒した。
日本においては古来、詩は宋と元を範としてきたが、順庵は唐詩を主張した。冒頭の詩はその順庵の作である。「北国には霜が舞い降り星月が刀環を照して帰心を促すが、転戦久しく沙場からは帰れない。青海の駐屯地では軍馬のいななきが夜空に響き、玉門関の秋空には鴻(おおとり)が一羽群れを離れて飛翔し去る」。順庵の出現以後、日本の詩は唐詩を倣うようになったと荻生徂徠が言っている。弟子の白石や鳩巣には詩文集があるが、順庵にはないのは不思議だ。ここでも教育者の面目を感じる。
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