9月12日 豊田英二(実業家)

モノの値段はお客様が決める。利益はコストの削減で決まる。コストダウンは、モノづくりの根本のところから追求することによって決まる

豊田 英二(とよだ えいじ、1913年9月12日 – 2013年9月17日)は、日本の実業家。正三位。勲等は勲一等旭日大綬章。豊田佐吉の甥。100歳で没。

モノの値段は顧客が決め、それに見合うコストの削減努力が利益を生む。コスト削減はものづくりの根本から考えなおすことで実現する。トヨタ式生産方式そのものを表現した思想であるが、私は豊田英二の人としての歩みに興味を覚える。豊田織機製作所を創業した叔父である豊田佐吉の長男・喜一郎の薫陶を受けて迷いなく自動車産業の確立に一生を捧げ、「カローラでモータリゼーションを起こそうと思い実際に起こしたと思っている」と述懐するように成功に導き、そして自動車事業に先鞭をつけた創業家の喜一郎の長男・章一郎に社長を譲るという出処進退は見事である。この人の100年人生は壮麗な大伽藍を思わせる。

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9月11日 神吉拓郎(小説家、俳人、随筆家)

怒れば怒るほど、それが自分に向かってはね返って来て、無数の破片のように自分を傷つける

神吉 拓郎(かんき たくろう、1928年(昭和3年)9月11日 – 1994年(平成6年)6月28日)は、日本の小説家、俳人、随筆家。『私生活』で直木賞受賞。

さて、「怒り」である。神吉卓郎の冒頭の言葉を読むと、懐かしい優しい顔が浮かんでくる。その顔は、このような理解の上に成り立っていたことが、わかった。『友あり駄句あり三十年』も読んで、もう一度会い直したい。

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9月10日 木村政彦(プロレスラー)

人の二倍努力する者は必ずどこかにいる。三倍努力すれば少しは安心できるというもんだ

木村 政彦(きむら まさひこ、1917年(大正6年)9月10日 – 1993年(平成5年)4月18日)は、日本の柔道家。プロレスラー。段位は講道館柔道七段。

元々他の選手達の2倍の6-7時間を練習していたが、「3倍」の努力をしようと考え、拓殖大学時代の練習量は10時間を超えた。乱取り100本、バーベルウェイトトレーニング、巻き藁突きを左右千回ずつ。夜は大木に帯を巻いて一日1000回の打ち込み。また「寝ている間は練習ができない」と睡眠を3時間に減らし、しかも睡眠中にもイメージトレーニングをしていた。まさに鬼であった。殺人的練習量と勝敗に賭ける決死の覚悟が不世出の柔道家をつくった。「人の3倍の努力」とは、どのような分野でも難しいが、木村政彦はそれを文字通り実行したのである。

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9月9日 小室直樹(社会学者、評論家)

学問とは驚く能力です。はじめに楽しむことを覚えるべきです

小室 直樹(こむろ なおき、1932年9月9日 – 2010年9月4日)は、日本の社会学者、評論家。

教育や学問への洞察もいい。たとえば、「自分よりずっと悪い状況下でも、そんなことを気にも止めないで、平然として最善を尽くした人、その例が頭に浮かんだ人は助かる。どんな精神療法よりも効果がある。教育の目的は、そのような人の例を教えることではないか」なども納得感がある。有名無名に関わらず立派な人物を紹介することは教育の重要な役目である。

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9月8日 木下尚江(社会運動家、作家)

人は実に事業の糸によってのみ、自己を世界に織り込むことが出来る

木下 尚江(きのした なおえ、明治2年9月8日(1869年10月12日)- 昭和12年(1937年)11月5日)は、日本の社会運動家、作家。

ジャーナリスト木下尚江は、生涯一貫して社会改革を唱えた熱血漢だった。何かの事業で何かの役割を果すことは、その事業の中に自分を織り込むことだ。その事業を糸として世界に織り込むことができたなら、自己を世界に織り込んだことになる。自らが関与する事業に、広く、深く、自己を上手に織り込むことができたなら、永遠の命を授かったことになるということだという木下尚江の主張には共鳴する。

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9月7日 エリザベス1世(イングランドとアイルランドの女王)

私はイギリスと結婚したのです

エリザベス1世(英: Elizabeth I、ユリウス暦1533年9月7日 – グレゴリオ暦1603年4月3日(ユリウス暦1602/3年3月24日))は、イングランドとアイルランドの女王(在位:1558年 – 1603年)。

「私ほど臣下をを愛する国王はいないでしょう、、、神が私を高い地位に上げて下さいましたが、私は貴方達の愛とともに統治をしてきたことこそ、我が王冠だと思うのです」とエリザベスは議員たちにいつも語りかけていた。そのエリザベスは生涯独身であり、また後継者を指名しなかった。「処女王」「栄光ある女人」「善き女王ベス」などと呼ばれている。冒頭の言葉にように、イギリスと結婚したと言ったエリザベスは、69歳までの44年間を女王として君臨した生涯を送った。

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9月6日 岩城宏之(指揮者、打楽器奏者)

生きがいというものは、目前の仕事を自分にとってやりがいのあるものに変えようという実に個人的な努力から生まれるはず

岩城 宏之(いわき ひろゆき、1932年9月6日 – 2006年6月13日)は、日本の指揮者・打楽器奏者。

氏は更に生きがい論にまで言及する。そして酒場で交わされる上司や仕事への不満を吐露する「サラリーマンのくり言に同惰はできない」と言い、血の滲むような自らの努力で獲得した「やりがい」の延長線上に「生きがい」が登場すると喝破している。岩城宏之には、ダイエット論を通じて戦うことを教えてもらった。

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9月5日 棟方志功(板画家)

わだばゴッホになる

棟方 志功(むなかた しこう、1903年(明治36年)9月5日 – 1975年(昭和50年)9月13日)は日本人の板画家。青森県出身。20世紀の美術を代表する世界的巨匠の一人。

人は目標とする人がいるかいないかが、決定的に重要である。目標に届かずに死ぬまでその道を歩き続ける人もいる。目標に近づくにつれて、それていくことになる人もいる。目標の向こうに、そしてそれた道の方向に見えるもの−−それは自分自身の姿である。棟方志功は「ゴッホにはならずに、世界のMunaktaになった」。この言葉は友人の草野心平が贈った詩の中にある。因みに、73歳で逝った志功の墓碑はゴッホと同じ形に作られているそうだ。人は何になるか?-----人は自分自身になっていくのである。

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9月4日 丹下健三(建築家、都市計画家)

機能的なものが美しいのではない。美しいもののみ機能的である

丹下 健三(たんげ けんぞう、1913年(大正2年)9月4日 – 2005年(平成17年)3月22日)は日本の建築家、都市計画家。

丹下健三は、日本の伝統を否定し、変革しつつ、しかも正しく受け継ぐことを信条としていた。実用品としてつくられた物には美があるというのは「民芸」の考えだが、丹下はそうではないという。徹底して美を追究すると、自然に機能的にも優れたものができるという考え方だ。それが数々の建築作品を生んだ。

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9月3日 広岡浅子(実業家、教育者、社会運動家)

犠牲的精神を発揮して男子を感化する者とならねばなりません

広岡 浅子(ひろおか あさこ、旧字:廣岡淺子。1849年10月18日(嘉永2年9月3日) – 1919年(大正8年)1月14日)は、日本の実業家、教育者、社会運動家。

広岡浅子の主張は、女性自らが主人公になることもいいが、家庭を持っても日本婦人は男子を日常的に感化し、無駄なことをやめさせ、社会のために働くように仕向けることである。広岡浅子は1919年1月に逝去しているのだが、10歳ほど年下の日本女子大創設の成瀬仁蔵もその3月に60歳で卒している。ほぼ同時に亡くなるのは偶然であろうが、二人の志は次世代に引き継がれていく。

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