3月10日 原安三郎(実業家)

いつでも平常心を持って急迫の事態にも冷静に対応し、判断せよ

原 安三郎(はら やすさぶろう、1884年3月10日 – 1982年10月21日)は日本の実業家。日本化薬会長、東洋火災海上保険株式会社(現・セコム損害保険)初代会長、日本化学工業協会会長、政府税制調査会会長などを歴任し、日本財界の重鎮として活躍した。

いかなる場合でも平常心を維持し、常に冷静な判断ができる。それはよほど人物ができていないとむずかしい。人生に処す原理原則、座右の銘、プリンシプル、そういうもので自らを常に磨き上げていく、それが大人物への道であろう。

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3月9日 梅原龍三郎(洋画家)

葬式の類は一切無用のこと。弔問、供物の類はすべて固辞すること。生者は死者のためにわずらわさるべきにあらず

梅原 龍三郎(うめはら りゅうざぶろう、1888年(明治21年)3月9日 – 1986年(昭和61年)1月16日)は、日本の洋画家。ヨーロッパで学んだ油彩画に、桃山美術・琳派・南画といった日本の伝統的な美術を自由奔放に取り入れ、絢爛な色彩と豪放なタッチが織り成す装飾的な世界を展開。昭和の一時代を通じて日本洋画界の重鎮として君臨した。

家族だけの葬儀ですますことを遺言した偉人はいるが、その理由まで記した人はみかけない。遺言における葬儀の指示には、その人の人生観があらわれる。

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3月8日 水上勉(小説家)

西方浄土などはなくて、永遠にここは地獄である。それなら、地獄の泥を吸って滋養となし、私は長生きしたい

水上 勉(みずかみ つとむ、みなかみ つとむ、1919年(大正8年)3月8日 – 2004年(平成16年)9月8日)は、日本の小説家。

水上勉がたどり着いたのは、冒頭の地獄論の心境である。生きることと死ぬことを対立的に考えず、今、ここにあることが生命の全体だとも語っている。壮絶な人生を生きたこの苦労人は、「ただひたすら生きよ」と教えてくれる。

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3月7日 中江藤樹(陽明学者)

苦しみを去って楽しみを求むる道はいかん。答えて曰く、学問なり

中江 藤樹(なかえ とうじゅ、慶長13年3月7日(1608年4月21日) – 安元年8月25日(1648年10月11日))は、近江国(滋賀県)出身の江戸時代初期の陽明学者。近江聖人と称えられた。

朱子学を学んだ後に王陽明の「知行合一」説に傾倒し、わが国で初めて陽明学を唱えた中江藤樹は生涯、民間にあって身を終わっている。盗賊を感化し、また山で薪をとる者も、田畑を耕す者も、遠村から老若男女が訪れて市井の聖人・藤樹の話に聞き入った。
中江藤樹は人の道を説く学問の楽しみを庶民に伝えようとしたのである。

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3月6日 ミケランジェロ(彫刻家、画家、建築家、詩人)

最大の危険は、目標が高すぎて、達成出来ないことではない。目標が低すぎて、その低い目標を、達成してしまうことだ

ミケランジェロ・ディ・ロドヴィーコ・ブオナローティ・シモーニ(1475年3月6日 – 1564年2月18日)は、イタリア盛期ルネサンス期の彫刻家、画家、建築家、詩人。

目標が高すぎることは悪くない。なぜなら達成が難しいからだ。目標が低すぎるのは危険だ。やすやすと達成してしまうからだ。低すぎず、高すぎない目標、そういうレベルの目標を設定することだ。低い目標を掲げるのは最も危険である。万能の人の仕事論がここにある。

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3月5日 奥村綱雄(実業家)

運と災難は紙一重である

奥村 綱雄(おくむら つなお、1903年(明治36年)3月5日 – 1972年(昭和47年)11月7日)は、昭和期の実業家。野村證券元社長・会長。野村證券中興の祖と言われる。

1946年の公職追放で経営陣が退陣することになり、出世が遅れていた奥村は追放を免れ、専務を経て、2年後には45歳の若さで社長に就任する。まさに運命は紙一重である。トップにならんとして討ち死にした人には未練が残るが、たまたまその役割がまわってきて名経営になることがある。奥村もそうだが、そういう人はその運を全体のために思い切って使ったのだろう。

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3月4日 有島武郎(小説家)

小さき者よ。不幸な而して同時に幸福なお前たちの父と母との祝福を胸にしめて人の世の旅に登れる前途は遠い。而して暗い。然し恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける。行け。勇んで。小さき者よ

有島 武郎(ありしま たけお、1878年(明治11年)3月4日 – 1923年(大正12年)6月9日)は、日本の小説家。代表作に『カインの末裔』『或る女』や、評論『惜みなく愛は奪ふ』がある。

有島武郎は軽井沢の別荘・浄月庵で人妻である婦人公論の記者・波多野秋子と心中して45歳で亡くなっているのだが、27歳で亡くなった妻・安子との間に設けた子らに冒頭の言葉を示している。人の世の旅を照らす灯りはなく暗い、そして遠いが、勇気を携えて恐れずに行け、その先に道がある。

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3月3日 正宗白鳥(小説家、劇作家、文学評論家)

私も青春のことを懐かしみ、若い人を羨むことがあるが、しかし、もう一度若くなって世の中を渡ってこなければならぬと思うと、何よりも先に煩わしい思いがする

正宗 白鳥(まさむね はくちょう、1879年(明治12年)3月3日 – 1962年(昭和37年)10月28日)は、明治から昭和にかけて活躍した小説家、劇作家、文学評論家。

若い時代に戻りたいという人はいる。しかし、あの先の見えない、疾風怒濤の、迷いの多い、そして無数の選択を突きつけられた、あの時代に本当に戻りたいだろうか。煩わしい、そして怖い感じもある。それだけ世の中を渡ることは危険に満ちている。白鳥の告白に私も共感する。

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3月2日 渡辺晋(実業家、芸能プロモーター)

いいよ。好きにしなさい。ただこれだけは覚えておいてくれ。人間は金で生きているんじゃない。人間は心で生きているんだよ

渡辺 晋(わたなべ しん、1927年3月2日 – 1987年1月31日)は、日本の実業家・芸能プロモーター。ベーシスト。日本の芸能事務所の草分け的存在にあたる渡辺プロダクション(通称:ナベプロ)の創業者。

この「人間は金で生きているんじゃない。人間は心で生きているんだよ」は、人気タレントが去るときの言葉である。「シャボン玉ホリデー」や「ザ・ヒットパレード」、「スーダラ節」の成功などでわかるように、先見性と大衆の心を読み取るセンスがあり一時代を画したナベプロの渡辺晋の伝説は生きている。

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3月1日 菊田一夫(劇作家、作詞家)

これが一生の仕事だと思うこと。舞台こそが我が命の場であると思うこと

菊田 一夫(きくた かずお、1908年3月1日 – 1973年4月4日)は、日本の劇作家・作詞家。

商業演劇が光を放った昭和30年代後半から40年にかけては、まさに菊田一夫の時代であった。菊田は、舞台という一生の仕事に命をかけ、命を削った。数奇な運命をたどった菊田一夫は65歳で没した。

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