1月16日 秋山庄太郎(写真家)

職業は紛れもなく写真家。趣味もまた写真。道楽なんだから始末におえない

秋山 庄太郎(あきやま しょうたろう、1920年(大正9年)6月8日 – 2003年(平成15年)1月16日)は、日本の写真家。

何かにはまる人にもランクがあると梅棹忠夫が言っている。最初は「通」、次は「好き者」、そして「道楽者」と順番にはまり具合が深くなるという見立てである。「花と女」という美しいものの写真にのめり込んだ秋山庄太郎は、自分でも「始末におえない」といっており、「極道」という地点にまで行き着いたのではないか。

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1月15日 大島渚(映画監督、タレント、俳優)

情報もいいでしょう。でも、生の体験は強い

大島 渚(おおしま なぎさ、1932年3月31日 – 2013年1月15日)は、日本の映画監督、タレント、俳優。京大法学部時代には著名な政治学者猪木正道に師事した。京都府学連副委員長として活躍。京大助手試験で不合格となった時、猪木正道からは「君に学者は向きませんよ」と諭された。

「人生というのは、どのくらい無我夢中の時間を過ごせるか、で決まると思う」
「きっぱりノーと言うことは、人生を楽にしてくれる方法なんです」
「今やれることを、今やらなかったら、一生やれないということなんだ」。
冒頭に掲げた「情報と体験」もそうだが、大島渚は意外に人生訓がいい。

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1月14日 和田勉(演出家、映画監督)

同じ役者とはほとんど二度と仕事をしない主義

和田 勉(わだ べん、1930年(昭和5年)6月3日 – 2011年(平成23年)1月14日)は、日本の演出家・映画監督。

ドラマのキャスティングでは一緒に仕事をするのは一回のみというルールを自分に課していた。そのため夏目雅子から抗議を受けている。思うに、狎れることを恐れたのではないか。一作一作、新鮮な気持ちで作品を創っていく真摯な態度がNHKだけでなく、テレビを代表する名演出家を形づくったのだろう。

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1月13日 坂田道太(政治家)

むしろ素人の方がよい

坂田 道太(さかた みちた、1916年7月18日 – 2004年1月13日)は、日本の政治家。
1960年代末の大学紛争の渦中に文部大臣となり、前代未聞の1969年の東大入試中止の決断を下した人物である。

混乱した現場の立直しのために、難しい役職、不案内な仕事をすることになったとき、大事なことは公平率直な目で、偏見を持たずに複雑骨折した問題にあたることである。それを坂田は「むしろ素人の方がよい」と表現したのであろう。専門家集団が苦しんでいるとき、細部からではなく、大づかみで実状を把握し、問題解決にあたっていくことも一つの道である。この坂田道太の考えに共感する。

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1月12日 深作欣二(映画監督、脚本家)

いや、オレは過去を振り返るんではなく、若いヤツとやりたいんだ

深作 欣二 (ふかさく きんじ、1930年〈昭和5年〉7月3日 – 2003年〈平成15年〉1月12日) は、日本の映画監督・脚本家。

最後の作品『バトル・ロワイアルⅡ 鎮魂歌』の企画発表会では「最後の映画としてガンに犯された体の満身創痍で臨む。今回は戦争がテーマ。戦争撮ったことがないので、最後に撮りたい」と覚悟を淡々と語った。「たとえこの闘いで生涯を終えようとも、私には一片の悔いもない」と会場で配った「深作欣二、死後の闘い」というタイトルで、このメッセージがつづられている。その深作が今まで一緒に映画をつくってきた大物俳優たちとやるべきだという息子の監督・健太に言った言葉が冒頭の言葉である。過去の集大成の作品を作るのではなく、未来に向けて新しいテーマで作品を撮ろうという気迫あふれた言葉であり、感銘を受ける。

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1月11日 淡路恵子(女優)

体から心まで、とにかく自分のことは自分で管理していないと、女優はつとまらないわよね

淡路 恵子(あわじ けいこ、1933年(昭和8年)7月17日 – 2014年(平成26年)1月11日)は、日本の女優。

淡路恵子は自己管理の人だった。自己管理をしっかりすることが大事だ。人に迷惑をかけないこと。舞台中は規則正しい生活を心がけること。出演中は声を使いすぎないように酒を飲みにいかないこと。睡眠は8時間以上とること。役柄からはなかなか想像できないが、実はそういうことを自らに課していた。淡路恵子は仕事師であったのだ。

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1月10日 松本重治(ジャーナリスト)

日米関係は日中関係である

松本 重治(まつもと しげはる、1899年(明治32年)10月2日 – 1989年(平成元年)1月10日)は、日本のジャーナリスト。財団法人「国際文化会館」理事長。アメリカ学会の会長。

松本重治が館長を務めていた六本木の国際文化会館。日航時代はこの会館には縁があってよく訪れていたが、ここを舞台に日中・日米関係を中心に国際関係の歴史がつくられていったのだと改めて松本重治らの仕事に敬意を抱いた。

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1月9日 福井謙一(化学者)

自分のやりたい学問と距離のある学問であればあるほど、後になって創造的な仕事をする上で重要な意味をもってくる

福井 謙一(ふくい けんいち、1918年10月4日 – 1998年1月9日)は、日本の化学者。京都大学・京都工芸繊維大学名誉教授。日本学士院会員、ローマ教皇庁科学アカデミー会員、全米科学アカデミー外国人客員会員。

福井謙一には広い分野に関する旺盛な好奇心があった。学生時代は文学部での田辺元の哲学の講義を聴いた。11歳年長で日本人初のノーベル賞(物理学賞)を得た湯川秀樹が西田幾多郎の哲学講義を聴いたのと同じだ。福井は他分野にも好奇心を持つことが創造に繋がると言っている。そして疲れるということがわからないというほどの体力をもって、29年にわたり長い間執念深く自分のテーマを追い続けたのだ。

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1月8日 横澤彪(テレビプロデューサー)

(発想のもとになっているのは)少数派ですよ。絶対多数派にいつかない

横澤 彪(よこざわ たけし、1937年12月15日 – 2011年1月8日)は、日本の元テレビプロデューサー。フジテレビプロデューサーとして活躍。退社後は吉本興業東京本社代表、専務取締役東京本部本部長などを歴任した。

横澤彪という異能の人は、「笑いを通して社会に貢献」しようと考え、テレビ、吉本興業と一貫して「お笑い」に賭けた職業人生を全うしている。この革命児は、常に「少数」の側に立って、新しいスタイルを追求していった。多数の側によるな。横並びを排せ。先人のマネをするな。そして先人の目指したものを目指して革命を起こせ。冒頭の言葉は、新しいことを始めようとする人にとって大いなる激励である。

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1月7日 小西和人(新聞記者、編集者)

釣りに国境なし

小西 和人(こにし かずひと、1927年1月11日 – 2009年1月7日)は日本の新聞記者、編集者。週刊釣りサンデーを創刊して会長。全日本サーフキャスティング連盟第2代会長。

1926年(昭和2年)生まれの釣り界の風雲児、革命児の小西和人は、自宅のソファで眠るように逝去した。享年81。この小西和人の釣り一筋の人生行路とその記録を読むと、歴史を書いた人が歴史をつくるのだ、そういう感慨がある。どのような分野においても歴史を残さねばならない。

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