6月30日 高宮行男(実業家、予備校経営者)

予備校教師は5者を兼ねなければならない。学者、医者、役者、芸者、そして易者だ

高宮 行男(たかみや ゆきお、1917年1月26日 – 2009年6月30日)は北海道出身の実業家で予備校経営者。学校法人高宮学園代々木ゼミナール理事長を務めた。

高宮の言う5者とは、学問を教える立場の「学者」。鬱屈した浪人生の心を支え、癒す「医者」。教室を舞台に見立て、教師役を演じる「役者」。艶やかな衣装や芸で魅せ、生徒の羨望の的となる「芸者」。そして志望校に導くアドバイスや“読み“ができる「易者」である。教育者に求められる理想の資質を見事に言い当てている。

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6月29日 地井武男(俳優)

ただ、スターは無理でも、味のある脇役ならなれると思ってたんです

地井 武男(ちい たけお、1942年5月5日 – 2012年6月29日)は、日本の俳優。
1963年に俳優座養成所へ第15期生として入所。

高校のころには「俳優になろう」と決めていたのだが、そのころからスターにはなれないと悟っていた。スターではなく、最初から脇役を目指したのだ。「アメーバみたいに、食べるものによって色が変わっていくような俳優になりたいんです」とも語っていた。昨日眺めた女優沢・村貞子『わたしの脇役人生』(ちくま文庫)では、沢村も「脇役」を語っていたが、男優・地井武男とも通じるところがある。二人とも日々の生活の楽しみを知っおり、味のある人物だ。その地井武男はテレビの『ちい散歩』に巡り会い、自分を総合するライフワークを残したのである。この幸運を引き寄せたのも実力だろう。

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6月28日 宮澤喜一(大蔵官僚、政治家)

一億一心の対極、それがリベラル

宮澤 喜一(みやざわ きいち、1919年(大正8年)10月8日 – 2007年(平成19年)6月28日)は、日本の大蔵官僚、政治家。

現在では影の薄くなった保守本流、ハト派の宏池会の流れの中にあった宮澤喜一は、リベラルとは「一億一心の対極」にあると述べている。一億火の玉、一億総保守、、など時代の空気に同調しない。主義主張を声高に論じるのではなく、全体の制約から距離を置いて、独立した個人とした自由な生き方、自分で考えることを放棄しない、自立自尊、それがリベラルであるということだろう。心に留めておきたい言葉である。

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6月27日 アルビン・トフラー(評論家、作家、未来学者)

将来の文盲とは、読み書きのできない人ではなく、学ぶことも、学んだことを捨てることも、また学び直すこともできない人のことである

アルビン・トフラー(Alvin Toffler、1928年10月4日 – 2016年6月27日)は、アメリカの評論家、作家、未来学者。

さて、トフラーは「学び、学んだことを捨て、学び直す」人でなければ、新しい時代を生きぬくことはできないという。情報産業の時代には、生命科学を含めてあらゆる分野の知識がものすごい速度で変化し、視界が大きく変わっていく。昨日学んだことを、今日は捨て去る。そして明日は新しい知識を学び直す。こういうサイクルに参加する気概がなければ、企業も個人も時代に置いていかれる。私たちは、自己革新の連続で生きていかなければならない。

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6月26日 辰巳渚(文筆家、考現学者)

『捨てる!』技術

辰巳 渚 ( 1965年11月27日 ー2018年6月26日)は、文筆家、考現学者 。
東京都立立川高等学校、お茶の水女子大学文教育学部地理学科を卒業後、パルコに入社。マーケティング雑誌『月刊アクロス』の編集者および記者となる、その後筑摩書房の編集者を経て1993年にフリーとなる。

辰巳は「捨てる」ことにも技術が必要だということを教えた。技術とは、誰もが一定の訓練をすることで一定のレベルに達するものをいう。「捨てる」と「技術」という無関係のようにみえるものを組み合わせたところが非凡な発想だった。半年で100万部を突破するベストセラーとなった『「捨てる!」技術』は、その後、この路線の延長線上に「断捨離」などのブームを起こし、世の中を変えた。

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6月25日 二代目 尾上松緑(歌舞伎役者)

舞台が好きになるか、ならないか

二代目 尾上松緑(にだいめ おのえ しょうろく、1913年(大正2年)3月28日 – 1989年(平成元年)6月25日)は、日本の歌舞伎役者。屋号は音羽屋。重要無形文化財保持者(人間国宝)。日本芸術院会員。文化勲章。

器用な人はいい歌舞伎役者になることができるが、不器用な人も徹底してそうならそれはそれで味が出てくる、それが芸事の難しいところだと松緑は述べている。父は自分が不器用だと知っていた。上の兄・十一世団十郎は不器用さと役者っぷりのよさを合致させ成功した。そして松緑には不器用な自分の芸を移すことをせずに、六代目へ修行に出したのだ。偉大なる凡人の父は、後のことをよく考えていたのである。松緑は舞台は苦しいが、器用・不器用に関係なく、その「舞台が好きになるか、ならないか」が勝負であり、好きなればどこまでも行けるという。何事もそうだろう。

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6月24日 別所毅彦(プロ野球選手(投手、監督、解説者)

やろう、やれる、やるぞ

別所 毅彦(べっしょ たけひこ、1922年10月1日 – 1999年6月24日)は、兵庫県淡路市出身のプロ野球選手(投手)・コーチ・監督、解説者・評論家。

別所毅彦は「やろう、やれる、やるぞ」の単純な反復で、目標を一つ一つ乗り越えてきた。管理者の立場では、部下を伸ばすために「壁」を設定してやることが仕事だと知る。目標という大きな壁を設定し、苦労で自信をつけさせ、その自負で高い目標に挑戦させるのである。野球の世界で得た哲学は、経済、経営、そして職業、人生でも同じである。一芸を極めるとはこういうことだろう。

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6月23日 吉永祐介(検察官)

巨悪は眠らせない

吉永 祐介(よしなが ゆうすけ、1932年(昭和7年)2月14日 – 2013年(平成25年)6月23日)は、岡山市生まれの検察官(第18代検事総長)。

吉永祐介は特捜部の絶頂期を形づくり、「巨悪は眠らせない」という名言を吐くなど大事件を手がけた「ミスター検察」と呼ばれた仕事師だった。 「われわれは汚れたところをきれいにするどぶさらい」だと言い、同じく池波正太郎『鬼平犯科帳』の主役である長谷川平蔵を好んだという。検事も裁判官も、その理想は「長谷川平蔵」だったのだ。現代の司法はその伝統を継いでいるだろうか?

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6月22日 滝沢修(俳優、演出家)

俳優の仕事とは、結局は自分がどんなに豊かであるかに尽きる

滝沢 修(たきざわ おさむ、1906年11月13日 – 2000年6月22日)は、日本の俳優、演出家。

滝沢修は戦前に治安維持法で捕らえられた1年4ヶ月の獄中生活の中で、小学校時から好きだったゴッホの伝記を読み、舞台化の夢を描き実現させる。『炎の人』は滝沢の当たり役となり、369回の公演回数を数えた。滝沢のストイックな演技は、自分を磨きあげたその豊かさから出ているのだ。ゴッホは自分の目が本当に見たものを描く。いらないものは捨ててしまう。大事なものだけ強調して描く。その画法は滝沢自身の演技法と通じるものがあると回想している。滝沢はゴッホに自分自身を見ていたのだ。自分以上の演技はできない。

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6月21日 増田通二(経営者、パルコ社長、会長)

本だけじゃダメだ。本物を見なければいけない

増田 通二(ますだ つうじ、1926年4月27日 – 2007年6月21日)は、日本の経営者。パルコ社長、会長。

増田通二は渋谷パルコのオープンの前年にスペインのバルセロナでガウディのサグラダ・ファミリア聖堂に出会い、頭を「ガーン」と殴りつけられる。47歳だった。建築という「定職」に導かれたという思いだった。自分もガウディのように自分の夢を見ようと考え、全国にパルコを建てていき、パルコがないのは新宿と横浜だけだというまでになる。増田のソフトとハードを動的に捉える力量は希有のものであった。本物との出会いが心に火をつけ、人生を変える。

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