3月21日 四代目 江戸家猫八(落語協会所属の物真似芸人)

仕事を全うしたい

四代目江戸家 猫八(えどや ねこはち、1949年11月30日 – 2016年3月21日)は、動物の声帯模写を得意とする、落語協会所属の物真似芸人である。

2016年3月8日の『徹子の部屋』に、四代目猫八、二代目小猫で出演した。私も見た。この時の「親子競演動物モノマネ芸」をユーチューブで改めて見たが、ウグイスやカエルの鳴き声の競演は実に楽しかった。親の猫八はすでに胃がんに冒されていてやや痩せていた。その猫八は「仕事を全うしたい」と入院を拒否していたのである。これが最後の仕事となった。その心意気には感ずるものがある。

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3月20日 須賀敦子(随筆家、イタリア文学者)

書くべき仕事が見つかった。いままでの仕事はゴミみたいなもんだから

須賀 敦子(すが あつこ、1929年1月19日 – 1998年3月20日)は、日本の随筆家・イタリア文学者。
18歳で洗礼を受ける。24歳で渡欧、以後日欧を往き来する。

少女時代から「書く人」になりたいと願った。書くということは「息をするのとおなじくらい大切なこと」という須賀は、『ミラノ 霧の風景』から始まる完成度の高いエッセイ群によって、たどってきた時間を生き直したと『須賀敦子を読む』の著者・湯川豊はいう。信仰と文学の一体化を実現する小説の道を発見した須賀敦子が語った「書くべき仕事が見つかった。、、」は、死の直前の1998年2月4日の言葉だ。「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」(孔子)を彷彿とさせる。孔子の言う道は真理という意味であるが、須賀敦子の場合は自分の進むべき道であったろう。

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3月19日 夏樹静子(小説家、推理作家)

この本を、私に心身の健康を取り戻して下さった平木英人先生に捧げます

夏樹 静子(なつき しずこ、1938年12月21日 – 2016年3月19日)は、日本の小説家、推理作家。

内科と心療内科の医師である平木英人は「典型的な心身症」という診断を下し、自律訓練法、森田療法、絶食療法などで、自身の心では支えきれなくなったワーカホリック夏樹静子から別れ、出光静子への再生を図り、ようやく平穏な日々が訪れる。そしてまた本の執筆が始まる。冒頭の感謝の言葉には、万感の思いが凝縮されている。

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3月18日 稲森俊介(実業家)

一人ひとりの能力を最大限に発揮しよう

稲森 俊介(いなもり しゅんすけ、1930年8月29日 – 2011年3月18日)は、日本の実業家。

冒頭に掲げた言葉は、業績不振に陥ったカルピスを立て直すときの社員に対する明快なメッセージだ。経営の再建にあたって社員への激励という急所を抑えたマネジメント、トップとしての引き際の見事さなど、この人の人生観などはもっと深追いしたい。

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3月17日 永井道雄(教育社会学者、文部大臣)

教育の主役は、幼稚園から大学院までの教師だ

永井 道雄(ながい みちお、1923年3月4日 – 2000年3月17日)は、日本の教育社会学者。文部大臣(第95代)。

永井のメッセージは、制度改革は教育現場の教師を支援するものであり、主役たちが力一杯働ける姿を取り戻すためだった。幼稚園から大学院までの教師たるものの果たす役割は大きい。

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3月16日 笠智衆(俳優)

地道な努力というものも、だれも気が付かないようでいて、結局は、次第に人の目にも立つようになるものらしい

笠 智衆(りゅう ちしゅう、1904年(明治37年)5月13日 – 1993年(平成5年)3月16日)は、日本の俳優

笠智衆自身の自己診断は「下手、不器用、素質もなく、要領も悪い」である。その笠を五所平之助、木下恵介、岡本喜八、山田洋次、小津安二郎ら巨匠がよく使った。地道な努力の積み重ねが、次第に薄皮をまとうことになり、いつかその衣を人が気づいてくれるということなのであろう。笠智衆は日本最高の老け役となって私たちのまぶたに生き続けている。

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3月15日 清水一行(小説家)

なぜ、ぼくに声をかけてくれないのか。雑巾がけでもなんでもするから、仲間に入れてくれ

清水 一行(しみず いっこう、1931年(昭和6年)1月12日 – 2010年(平成22年)3月15日)は、日本の小説家。

森村誠一によれば、角川事件の発生に際して、作家仲間、俳壇、ファッション業界、棋会、法曹界、出版業界などに広く呼びかけ、「角川書店を守る会」を結成したとき、清水一行氏に呼びかけなかった。冒頭の言葉は、清水一行からの電話であり、森村は感激している。角川から多くの書物を刊行している清水は、この会では受付を担当したそうだ。

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3月14日 円城寺次郎(ジャーナリスト、日本経済新聞社社長)

椎名君、日経は新聞も出している会社にしたいんだよ

園城寺 次郎(えんじょうじ じろう、1907年4月3日 – 1994年3月14日)は日本のジャーナリスト、日本経済新聞社社長。

円城寺次郎は経済審議会会長などの公職も務めるなど、叙勲の対象だったのだが、「新聞記者は勲章を欲しがってはならない」と、叙勲を辞退しているのもすがすがしい。
その円城寺は「日経は新聞も出している会社にしたいんだよ」と言った。その相手は新聞のコンピュータ化のプロセスで親しくなった日本IBMの椎名武夫だった。

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3月13日 川村勝巳(大日本インキ社長)

会社の経営は、ある意味で不況の方がやりやすいこともある

川村勝巳(かわむら かつみ。1905−1999年)は、東京商大卒業後、三井物産に入社。その後退社し化成品の会社をつくる。大日本インキ(現DIC)社長。

不況はチャンスであると川村は言う。好況時は実力以上に業績があがり、組織は膨張し、社員は興奮し勝手な行動をとるようになる。不況は広がり弛んだ組織を引き締めるよい機会になる。減量し付加価値を高め、来たるべき時期に備えることができるのである。個人においても同様で、不遇の時は実力を蓄える時期と考えるべきなのだ。

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3月12日 桂文枝(上方の落語家)

無知であることは恥ずかしくない。無知に甘えることこそが恥ずかしいのだ

5代目桂 文枝(かつら ぶんし、1930年4月12日 – 2005年3月12日)は上方噺家(上方の落語家)。

TBS系クイズ番組『東大王』(日曜夜7時)に出演した東大大学院修士課程1年の伊沢拓司は、落語家・桂文枝さん(5代目)の言葉を知り、座右の銘にしていると語っている。知らないことを知ったように取り繕うのではなく、知らないことなら知ろうという姿勢に感心したのだろう。
5代目桂文枝は無知を克服しようという心構えで、日々努力し噺家として大成したのだろう。無知に甘えることは恥ずかしい。自分を甘やかしてはいけない。人生は終わりなき学びの旅なのだ。

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