1月26日 野中広務(政治家)

『運・鈍・根』、つまり、運を得ることと、それを焦らず活かすための不断の努力、そして根性が、人間の進み方として一番必要じゃないかと思っています

野中 廣務(のなか ひろむ、1925年(大正14年)10月20日 – 2018年(平成30年)1月26日 )は、日本の政治家。

「運・鈍・根」という人生訓は、人との縁を大事にし、不断の努力を重ね、不屈の根性で生きぬけというアドバイスだろう。自分を厳しく叩き上げた野中広務の言だけに深く刺さるものがある。合掌。

【久恒啓一】
図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ

■Produced by KOELAB

1月25日 三木のり平(俳優、演出家、コメディアン)

演技の勉強は、いつもじっと観察すること。面白い発見がある。それを芸にする。裏の裏を見る。仕掛けはどうなっているんだろうって思わないヤツに進歩はない

三木 のり平(みき のりへい、1924年4月11日 – 1999年1月25日)は、昭和期の俳優、演出家、コメディアン。

「はならっきょ」が記憶に残る桃屋のアニメCMは1958年から1998年まで40年間放送されたから、三木のり平は茶の間の人気者だったが、本質は優れた役者だった。いろいろな場所でじっと人間を観察する。そこで得たヒントを芸にまで練り込んでいく。観察、発見、仕掛け、芸という一連の流れを生涯続けた人である。観察眼、探究心、表現力、こういう姿勢は例えば大実業家・渋沢栄一など進歩を重ねる一流の人物に共通している。仕事師たらんとする職業人は三木のり平に学べ、である。

【久恒啓一】
図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ

■Produced by KOELAB

1月24日 吉野トヨ子(陸上競技選手)

吉野選手には顔中にひげが生えている

吉野 トヨ子(よしの トヨこ、1920年2月12日 – 2015年1月24日)は、日本の陸上競技選手。ヘルシンキオリンピック・メルボルンオリンピック陸上女子円盤投代表。元円盤投日本記録保持者、五種競技日本記録保持者。

後年、吉野はマスターズ陸上に参加している。1987年の67歳ではW65クラスの円盤投げで日本マスターズ新記録を樹立し、3年後の1990年の70歳ではW70クラスでも新記録を樹立した。昔取った杵柄ではないが、生涯を通じてスポーツの分野で記録を出し続けながら、後輩たちに勇気を与える生き方を貫いた姿は立派である。94歳で逝去。

【久恒啓一】
図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ

■Produced by KOELAB

1月23日 戸板康二(演劇・歌舞伎評論家、推理作家、随筆家)

道にはトレーニングがつきもの。道とつく限り、鍛錬を抜きにしては考えられません

戸板 康二(といた やすじ、1915年12月14日 – 1993年1月23日)は日本の演劇・歌舞伎評論家、推理作家、随筆家。直木賞作家。

自分の分野を歩く。それは必ず「道」になる。道には「鍛錬」が必要だ。一千日が鍛であり。一万日が錬であると武蔵が五輪書の中で語っている。鍛えるのに3年、練るのに30年かかる。戸板康二は77年の生涯の50年をかけて172冊の著書を刊行している。その分野は評論・評伝、エッセイ、小説、戯曲、句集、対談、テレビドラマの原作など、実に広い。文人だった。詳しかった歌舞伎、演劇に限らず、人物論にも鍛錬でつくられた道がみえる。

【久恒啓一】
図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ

■Produced by KOELAB

1月22日 常盤新平(作家、翻訳家、アメリカ文化研究者)

臆病になるな、他人の目や陰口にとらわれず、自分のやりたいことに忠実になろう

常盤 新平(ときわ しんぺい、1931年(昭和6年)3月1日 – 2013年(平成25年)1月22日)は、日本の作家、翻訳家であり、アメリカ文化研究者である。

常盤新平の師匠は5歳年上の直木賞作家・山口瞳であった。サラリーマンの生態や心理をよく知った山口瞳の31年1614回続いた「週刊新潮」の連載『男性自身』を、たまたま読んだのがきっかけで出入りするようになった。山口瞳の13回忌を迎える頃書いた『国立の先生 山口瞳を読もう』には、国立に住む師匠の山口瞳への思いがつまっている。文庫本や全集に書いた解説をまとめたものである。
他人の目、他人の口、つまり世間を気にしずぎることをやめて、自分自身の為すべきことを為そう。

【久恒啓一】
図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ

■Produced by KOELAB

1月21日 村木良彦(メディアプロデューサー)

仕事の面白さというのは、ジョブデザインだ

村木 良彦(むらき よしひこ、1935年11月15日 – 2008年1月21日)は、日本のメディアプロデューサー。

村木良彦のインタビューで強く印象に残ったのは「ジョブデザイン」という言葉だった。ジョブデザインを自分でやれるか、仕事の面白さはジョブデザインにある、そしてTBSから独立して以降は、自分でジョブデザインをやれるから精神的に違うと語っていた。自分でデザインの権利を獲得していく。自分の仕事のデザイナーになる、そして自分の人生のデザイナーになる、私がそれを強く意識したのはその頃からだった。

【久恒啓一】
図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ

■Produced by KOELAB

1月20日 柴田トヨ(詩人)

人にやさしくする。そして、やさしくしてもらったら忘れない。これが百年の人生で学んだことです

柴田 トヨ(しばた トヨ、1911年(明治44年)6月26日 – 2013年(平成25年)1月20日)は、日本の詩人。

「あふれるような気持ちを詩にして、人生の終わりに花を咲かせることができました」。人生の最後に大きな花を咲かせた柴田トヨは、百年の人生で培ったやさしい心を、やさしい言葉で語り多くの人を励ました。

【久恒啓一】
図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ

■Produced by KOELAB

1月19日 大鵬幸喜(大相撲力士、第48代横綱)

横綱が物言いのつく相撲を取ったのが悪い

大鵬 幸喜(たいほう こうき、1940年(昭和15年)5月29日 – 2013年(平成25年)1月19日)は、北海道川上郡弟子屈町川湯温泉(出生地は樺太敷香郡敷香町)出身の大相撲力士。第48代横綱。

46連勝で物言いがついて戸田に負けたビデオをみると明らかに戸田の足が先に出ていて、当時は世紀の大誤審といわれた。しかし大鵬はあれでいいとし、「横綱が物言いのつく相撲を取ったのが悪い」とコメントしている。相撲道を信じて歩き、それを具現した横綱であった。相撲は豊作を願って神前で行う祭祀であり、相撲社会の伝統は守らなければならない。現在の揺れる角界も大鵬の相撲道の精神を絶やさずに繁栄を続けることを願う。

【久恒啓一】
図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ

■Produced by KOELAB

1月18日 岩見隆夫(ジャーナリスト、政治評論家)

晩年は、毎春、サクラ前線に合わせて、主として徒歩で日本列島を北上、ついで夏祭りをたどりながら南下、各地の銘酒を訪ね歩いた

岩見 隆夫(いわみ たかお、1935年10月6日 – 2014年1月18日)は、日本のジャーナリスト、政治評論家。

テレビ「みのもんたのサタデーずばッと」では毎週出演して政治評論を行う姿はよく見かけたのだが、サクラ前線を徒歩で追いかけながら、各地の銘酒を訪ね歩くという岩見隆夫の理想の旅は私の年来の希望と似ているので親しみを覚感じる。「沖縄八重岳は1月18日に桜祭り。北海道・宗谷岬公園の桜は5月中旬が見頃。ソメイヨシノは九州から北海道まで4月1日から5月中旬過ぎの二か月足らず。紅葉前線を追って北海道から南下する旅はどうか。私なら、温泉、人物記念館、知研、車、SNSとなるだろうか」と私は2014年のブログで記していた。生前に「私の死亡記事」を書いておくのも悪くない。

【久恒啓一】
図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ

■Produced by KOELAB

1月17日 小林繁(プロ野球選手、プロ野球コーチ)

人生のバッターボックスに立ったら、見送りの三振だけはするな

小林 繁(こばやし しげる、1952年11月14日 – 2010年1月17日)は、プロ野球選手(投手)、プロ野球コーチ。ノンプロを経て、1972年に巨人に入団。1976年、1977年に連続18勝をあげ最優秀投手となり長島巨人の優勝に貢献。

長い人生では勝負する時が何度かある。それはチャンスと危機が同時にみえる時だ。恐怖に負けて見送るか、乾坤一擲の勇気を出して飛び出すか。天に向かうか、谷底に落ちるかは分からない。それが運命の分かれ目になる。
小林繁から学ぶことは、好球を見送って三振を宣言されるようなことはしないで、「思い切りバットを振れ」である。

【久恒啓一】
図解Web、プログ、Facebook、note、メルマガ

■Produced by KOELAB